地球の起源
地球は最初『魂の流刑地』として存在しました。
私たちが宇宙に魅せられるのと同様に、宇宙人もまた、「宇宙の外に出てみたい」という欲に駆られました。その欲のために、宇宙の科学者は新たな科学を求め、研究し実行しましたが、未完成の科学技術であった為に、多くの科学者や母船の乗組員が、亜空間に彷徨う形となり失敗に終わってしまったのです。
この責任の在処として科学者が挙げられ、『罰』として地球という流刑地に送られました。
映画『かぐや姫』
「かぐや姫」とは、宇宙人との実話を元に作られたお話なのですが、この映画のキャッチコピーは、
『姫の犯した罪と罰』。これは原作である『竹取物語』のテーマでもあります。
では、姫はどんな罪を犯し、どんな罰を受けたのか。
この映画で描かれた「罪と罰」が上記宇宙人の「罪と罰」に酷似しているので、今回、この映画が私たちに何を伝えようとしているのかを、考察してみたいと思います。
※以下、映画のネタバレを含みますので閲覧にご注意ください。
ネタバレ御法度の方は、ここから下へは進まず、お戻りください🙇♀️💦
かぐや姫は月の住人ですが、地球の暮らしに憧れます。月の世界=天国、極楽浄土で平穏に暮らしていたのですが、ある日を堺に人間たちが暮らす穢れた地上に興味を持つようになったのです。清らかな月の世界では、穢れた下界での暮らしを望むことが『罪』に値するのでした。
かぐや姫はその『罪』のために、月での記憶を消されて地上に降ろされます。そこで自然に触れ楽しく生きていました。しかし、都の姫になるべく山を出てからは、人間の汚れに触れ続け、絶望の淵へと堕ちていきます。
そして、心が限界に達してしまった時に月に助けを求めます。それは、憧れていた世界の汚れの部分に触れ過ぎたことで絶望してしまい、地球で生きることを辞めたくなってしまった=人間として生きることを辞めたいと願ってしまったのです。
これがかぐや姫に与えられた『罰』
憧れの地で過ごさせ、その汚れに触れさせる。苦痛を伴う生。
生きていく事自体が『罰』とも捉えられます。
地球とは、宇宙の中では次元の低い惑星であり、そこで生きる事は、宇宙での『罰』だったのです。
物語の中で、かぐや姫は絶望の中、人間を辞める事を願い、最後、極楽浄土からお迎えが来てしまいます。
「地球は魂の流刑地」として存在したという話は、宇宙人コンタクティから聞いた話ですが、他にも地球は「宇宙の刑務所」であるという『地球監獄仮説』という仮説がスピリチュアル界隈にあります。
この仮説は、地球が宇宙の高度な文明によって作られた、魂の成長やカルマの解消を目的とした巨大な『刑務所』であるという考えかたです。実際に地球とは苦しみが存在する次元の惑星です。常に心を縛る何かと戦いながら生きているのが地球人。
その苦しみを通して『愛』を学びます。
かぐや姫のように、地球での営みに疲れ果て、空を見上げて「帰りたい」と願ってしまう人は、もともと苦しみや恐れ、不安、エゴの存在しない次元の惑星にいた記憶が魂に刻まれている人ではないでしょうか。
真の自由を手に入れ、この監獄から脱出するためには、私たちが精神的な進化を遂げる必要があります。
それが『アセンション』です。
アセンションとは、しばしば次元上昇や意識の進化、魂の解放といった言葉で表現されます。私たちが物質世界の束縛から解放され、本来の魂の輝きを取り戻す、壮大な変容のプロセス。
高次元存在、宇宙人へと変容していくプロセスとも言えます。
最後、かぐや姫は月に助けを求めた時、自分がなぜ地球に憧れたのかを思い出します。
月にはない動物や草・木・花と触れ合い切磋琢磨することこそ『生きる喜び』
人間の穢れである辛い部分も含めて『生きる喜び』として受け入れ、再び地球で生きる事を望みました。
これは、現代にも通づるものがあると感じます。
生きることとは苦難の連続。ですが、それを凌駕(りょうが)する『生きる喜び』があることを知っているからこそ、苦しみも痛みも辛さも全て享受し、味わい『今を大切に生きて』
そんなメッセージ性を含んでいる映画であると感じています。
そして、宇宙の流刑地であった地球は、その後、宇宙人の『進化を試す実験場』として用途を変えられました。本来「1惑星には1種族」しかいませんが、地球とは、異なる種族が同じ空間で学び合う稀有(けう)な惑星なのです。
遺伝子レベルで異なる種族が混在するということは、どこまでいっても平行線で交わらない。思考、言動の乖離(かいり)。そんな生きづらさを感じるのも地球が進化を試す壮大な実験場として選ばれたからなのです。
魂の流刑地として流れてきた魂、
進化の実験場として多種多様な宇宙種族の遺伝子を持つ人たち、
他の星から地球の次元上昇を助けるためにスターシードとして生まれてきた人たち、
この転換期を体験するために「今」を選んで転生してきた「ムー」や「レムリア」時代の魂をもつ人たち。彼らは、「もう同じ過ちは繰り返さない」と魂に刻み転生してきているそうです。
それぞれに役割も使命も由来も違う者たちが混在する地球。違いに合わない種族を排除する時代は終わりました。対立・分離ではなく共生・統合。
今は、異なる種族とどう共存するかを学ぶフェーズに入っています。日本はその中心地なのです。
もし、この地球で異なる宇宙種族が共存できれば、その成功例は宇宙にも広がり、新しい文明のあり方を示すことになります。私たちは宇宙から進化を望まれ、アセンションを無事に果たし、宇宙の仲間入りができるよう、たくさんのアシストを受けているというのが今のタイムラインです。
最後に、今回のタイトルには関係ない蛇足(だそく)ですが、
かぐや姫とは羽衣をまとった美形の宇宙種族、天女族と呼ばれる人たちです。
「竹から生まれた」と形容されていますが、実際には筒形の脱出用ポッドに天女族の赤ちゃんが入っていました。天女族は3ヶ月で大人の女性へと成長します。
映画内でも、急激に大きくなっていき、周りを驚かせる描写があります。
かぐや姫は「地球の進化」具合を見る為に月からではなく、木星から送り込まれました。
日本の神社に祀られる女神様、
「コノハナサクヤヒメ」はかぐや姫の母親です。日本史で有名な「卑弥呼」も天女族の宇宙人です。
