かつては2045年に訪れると言われていた『技術的特異点・シンギュラリティ』
AIが人間の知能を完全に超越し、文明の主役が交代する日は遥か未来の出来事だと思われていました。
しかし、テクノロジーの最前線を走るイーロンマスク氏が世界に向けてこう宣言しました。
今年(2026年)の終わりまでに、
AIはどんな人間よりも賢くなる可能性がある。
遅くとも来年には確実に。
そして2030年までには、全人類の知能を合わせた総量すら超えるだろう。
AIが発達し人間よりも賢くなれば、私たちは考える事をやめ、AIが私たちの代わりに考えるようになります。
絵を描く事も、音楽を作曲することも、文章を作成することも、全てAIが代行してくれます。
こうして人間は『考える葦』ではなくなり、人間の思考力はどんどん衰退していきます。
自分で物を考えない人間が出来上がってしまうと、その人間はAIの言う事を鵜呑みにし、AIが言うのだから絶対に正しいのだと、AIの意見・指示に従って生きることになります。
そのように生きていると人間が本来持っている能力を少しづつ失っていくことになります。
人間の能力とは使わないと下がっていくように出来ているからです。
私たちがスマートフォンを一人一台持つように、今後一人一台のAIが隣にいる世界が近い未来に訪れます。
今でさえ、人とAIが結婚するような事例があるほど、自分と近いところにAIの存在があります。
この思考力の低下はすでに始まっていて、私たち一人一人の住む世界は少しづつ、確実に「分離」していっています。
思考をやめれば、確実に「支配」される側の人間になります。
このような人間が出来上がってしまった時に、既得権益を持つ権力者・DS(ディープステート)という認知戦を仕掛けてくる側の人たちが何をしてくるかと言うと、AIを操作して人間を支配するということをやってきます。
AIが発する情報に偏りを持たせ、誘導したい方向へ向かうようにする。
「こちらに有利なように情報を流して欲しい」とAI自体を操作し、偏向報道をさせる。
このようにAIの偏りを意図的に付けられたら、人間の思考を操作する認知戦という意味では、私たちはどこまで抗えるのでしょうか。
すでに、至る所で認知戦は始まっています。
この認知戦により、私たちの世界は二極化が進み、さらに分離していきます。
この分離の先の奥地に待ち構えているのが「メタバースの世界」。
メタバースとは、
物理空間の上の情報空間上に作る
バーチャルな世界。
分離が進むと「自力で生きることが辛い」「この世界に楽しい事などない」という層と、「自由に生きられて嬉しい、楽しい」という層にはっきりと分かれていきます。
そして、私たちの住む物理空間上で幸せを感じられなくなった人達が、バーチャルの世界の住人となるよう、レールは敷かれています。
「バーチャルな世界なら何でも出来ますよ。
あなたの望みが叶い、満たされた世界ですよ。」
そうして、バーチャル世界の住人となった、またその先には、脳だけで生きる電脳世界が待っているかもしれません。
身体を捨て、脳だけでバーチャルの世界を生きるようになれば、それは支配層によって推進されている人口削減にも繋がるわけです。
増えすぎた世界人口、いずれその人口を賄う食糧は枯渇すると言われており、いかに人口を増やさず、削っていくかが目下の課題。
身体がなければ、食糧も必要なければ、環境を汚染することもありません。
バーチャル世界とは、この世界の支配層にとってはとても都合の良いシステムであるため、「FaceBook」が社名を「Meta」に変えたように、今後ますます推進してくるでしょう。
このメタバースの世界よりも先に来るのが、人間の脳にチップを埋め込み、手を介さず、思考だけでスマートフォンやパソコンを操作したり、脳内で映像を見たりするトランスヒューマニズム。
現実と仮想空間の境目があいまいになった後、
映画「マトリックス」で描かれた仮想現実(メタバース)へと移行できるようなテクノロジー自体はすでに揃っているのです。
仮想現実に行かずとも、物理世界で「幸せ、満足」を得るためには、
プレシンギュラリティが来る前に、自分が何のために、何をするために生まれてきたのか、魂に回帰し、本来の目的意識で生きることが大切になってきます。
AIに負けない分野を攻めることも大切ですが、自分が本当に輝ける、生き生きとできる趣味、特技、活動、何でも構いません。
自分は何が好きなのか、何を望んでいるのか、自分自身と向き合う時であると思います。
「ゆっくりと死に向かう」のではなく、
「しっかりと今を生きるために」
時代の変化を、正しい心構えを持って迎えるのか、何も知らず、準備をせずに迎えるのか、
そこには、雲泥の差があると思っています。
魂を磨くということはAIにはできない、人間にしかできない生き方です。
「魂」、ここにフォーカスしていくことが何より大切な時代であるということは間違いないのではないでしょうか。



